待合のお花
花を生けていると、花の生命力に圧倒される思いがします。死を見据えた生きることへの志向性を感じます。生け花免許なしで生けているので、型にはまっていませんが、野山の木々や草花の在り方が少しでも私の中に記憶があるとしたら、そういうものが形になればいいなと思います。
《2026年3月9日》
《2026年3月2日》
《2026年2月25日》
《2026年2月16日》
《2026年2月9日》
《2026年2月2日》
後から後からたなびくような小手毬の枝。珍しいラナンキュラスを見つけたので生けてみたいと花屋さんに話したら、この […]
アイリスは生けても開かずに青紫の花弁を閉じたままに、ということが多かったのですが、それでもこの青紫の蕾を見ると […]
庭に咲いた水仙を生けました。1月の半ば、水仙の花芽は包葉という薄い皮に保護されていました。透けている包葉の中に […]
連翹(レンギョウ)と薮椿を生けました。連翹を生けたのは初めてです。まるで春を知らせる歌が流れるかのような、音符 […]
土曜日、雪が積もる前にと仕事帰りにスーパーで花を求め、クリニックに生けて帰りました。桃の蕾が膨らんで、雪の中来 […]
極楽鳥花。風鳥、別名極楽鳥といわれる鳥に似ているのでつけられた名前だそうです。鳥がアオモジの蕾を啄む想像をしな […]
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それにまつわる小さな話も載せています。
是非ご覧ください。